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ウクライナ侵攻とナショナリズムのねじれ【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」43

 

◆20世紀最大の地政学的悲劇とは

 のみならず。

 ウクライナのナショナリズム自体が、じつは一枚岩ではありません。

 帝政時代から同国東部を支配してきたロシアは、産業開発のために多くのロシア人を入植させました。

 ソ連の一員となったあとも、今度は飢饉によって生じた農村地帯の人口減少を補うため、東部への移民が行われる。

 これらの人々はウクライナ語を話さず、地域にもほとんど縁がなかったと言われます。

 

 けれどもソ連は1991年に消滅。

 加盟国の独立により、二千万人を超えるロシア人が、ロシアの外に取り残されてしまいました。

 プーチンはこの分断について「20世紀最大の地政学的悲劇」と嘆いたほど。

 

 裏を返せば、ウクライナに暮らす人々が、そろってウクライナへのナショナリズムでまとまっているわけではない。

 ナショナル・ジオグラフィックの記事「ウクライナ情勢、分断と対立を生んだロシアとの根深い歴史」から引用しましょう。

 

 【ソビエト連邦の崩壊により、ウクライナは独立国となった。しかし、国を団結させるのは容易なことではなかった。(中略)民主主義と資本主義への移行は、痛みと混乱を伴うものであり、東部を中心に多くのウクライナ人が、以前の比較的安定した時代のほうがよかったという気持ちを抱いていた。】

 【「こうしたさまざまな要因を経てできた最大の分断は、ロシア帝国とソビエトによる支配を好意的にとらえている人たちと、これを悲劇として見る人たちとの間にあるものです」と、米シンクタンク大西洋評議会の元研究員で、ウクライナに詳しいエイドリアン・カラトニツキー氏は言う。】

 

 だから一枚岩ではないと言ったでしょうに。

 

 クリミアなど、東部よりもさらにスゴい。

 ソ連時代においても1954年まで、ここはウクライナではなくロシアの一部でした。

 しかもロシア領からウクライナ領への変更は、法的根拠がハッキリしていないのだとか。

 当時のソ連指導者ニキータ・フルシチョフが、酔ったあげくにしでかしたなどという、真偽定かならぬ話まであります。

 

 人口の半数以上はロシア人か、ロシア語を話すウクライナ人で、親ロシア感情が根強い。

 ソ連崩壊直後の1992年には、「クリミア共和国」として独立まで宣言しています。

 独立は認められませんでしたが、1996年には「クリミア自治共和国」として高度の自治権が与えられました。

 

 20142月末、ロシアはクリミアに軍事介入、住民投票によって同地域を自国に編入しますが、これがみごとに成功した背景にも、上記のような経緯があったのです。

 ロシアの安全保障政策に詳しい小泉悠によれば、現地で投降したウクライナ軍人の多くは、ロシア軍での勤務を希望したとのこと。

 海軍の総司令官など、ロシア黒海艦隊の副司令に迎えられています。

 そしてクリミアの事態に触発され、東部のドンバス地方でも独立を叫ぶ人々が蜂起、ロシア軍(ただし「義勇兵」を名乗っています)の応援もあいまって、状況は泥沼化の道をたどる・・・

 

 お分かりでしょうか。

 ウクライナのナショナリズムは、同国の「少数派ネイション」たるロシア系住民の意思を抑圧することで成立していたのです。

 しかるにネイションの枠を超えて、普遍的な政治・経済システムを導入しようとすることこそ、帝国主義・覇権主義の特徴ではなかったか。

 おまけに同国のナショナリズムの方向性たるや、徹底した反ロシア路線。

 国を団結させるどころか、分断をひどくするものと言わねばなりません。

 

次のページ「ロシアは武力を用いてでも彼らを救済する権利がある」

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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